
【架空社員スキーム】
(今度は、人だった……)
総務マネージャーの担当業務を洗い直していると、給与台帳に気になる名前があった。
3人の社員。
給与は、毎月きちんと支払われている。
ところが、
「この3人、誰だ?」
誰に聞いても、はっきりした答えが返ってこなかった。
インドネシアでは、姓を持たない人も珍しくない。
「Selamat」のように、一つの名前だけを持つ社員が複数いることもある。
当時、会社には社員約400名、契約社員約100名が在籍していた。
名前だけを見て、「この人は誰だ」と判断するのは意外に難しい。
私は最初、単純な架空社員を疑った。
ところが、調べてみると違った。
3人とも実在していた。
問題は、そこではなかった。
実在しているのに、会社では働いていなかったのである。
完全な架空人物であれば、本人確認や各種記録との照合で発見できる可能性がある。
しかし、実在する人物が社員として登録されていると、名前や本人情報を確認しただけでは分からない。
確認すべきなのは、
「存在するか」
だけではなく、
「本当に働いているか」
だった。
調査を進めていくと、この3名は遠隔地にある倉庫の「用心棒」として雇われていることになっていた。
その倉庫には、タイムレコーダーが設置されていなかった。
しかも、この「用心棒」の存在を知っていたのは、総務部門と倉庫部門の一部の社員だけだった。
なぜ雇われているのか。
どのような経緯で採用されたのか。
何をしているのか。
そして、本当に必要なのか。
誰に聞いても、明確な説明ができなかった。
それなら、本人に会って確かめるしかない。
私は、この3名と実際に会って話をするところまで漕ぎ着けた。
そして、約束の日。
彼らは現れた。
「……」
なぜか、軍服を着ている。
(怪しい……)
そして、
(怖い……)
それが、彼らを見た瞬間の率直な印象だった。
私は、この3人が本当に会社の社員なのか、それとも別の立場の人間なのか、その場では判断できなかった。
彼らは、
「倉庫を守っている」
と繰り返すだけだった。
誰が雇ったのか。
誰の指示で給与が支払われていたのか。
なぜ、このような仕組みになっていたのか。
結局、最後まで真相を解明することはできなかった。
しかし、この3名への給与支払いを停止した後も、会社の業務には何の支障も生じなかった。
少なくとも一つだけ、はっきりしたことがあった。
会社にとって必要な給与支払いではなかったのである。
この事件は、私に当たり前のことを教えてくれた。
給与台帳に名前があるからといって、その人が会社で働いているとは限らない。
不正は、帳簿の数字だけを見ていても見つからない。
「この人は、本当に働いているのか」
それを確認する必要がある。
そして、この事件をきっかけに、私は二度と同じことが起きない仕組みを作ることにした。
写真付き社員一覧を整備し、給与台帳との照合を毎月実施する運用へ変更した。
■ この事件から学べること
内部統制の第一歩は、「実在を確認する」ことである。しかし、人であれば、確認すべきなのは名前や本人情報だけではない。その人が、本当にそこで働いているのか。その当たり前が確認できなくなった時、不正は静かに入り込む。