
【法務・労務リスクへの対処】
証拠は、ほぼ揃っていた。
スクラップの不正。
中心人物は総務マネージャー。
労働組合の幹部も関与している。
社員からの証言も集まり始めていた。
普通の推理ドラマなら、ここで犯人を呼び出し、
「あなたですね」で終わる。
ところが、現実の世界ではそう簡単にはいかない。
私はCFOなのだ。
犯人を見つけることだけが仕事ではない。
会社を守ることが仕事なのだ。
日本なら、ここまで証拠が揃えば懲戒解雇を検討するだろう。
しかし、ここはインドネシアだった。
当時のインドネシアでは、労働者保護が非常に強かった。
不正を行っていたことが判明しても即時解雇は難しいとされていた。
まして相手は、総務マネージャー。
厄介なことに、労働組合の幹部も関与している。
そして、その背後には、スクラップの買取業者までいる。
こちらの判断に少しでも誤りがあれば、逆に会社が訴えられる可能性すらある。
毎日、私は同じことを考えていた。
今、動くべきか。
それとも、まだ待つべきか。
早く動けば証拠は少ない。
遅く動けば証拠は増える。
しかし、その分だけ相手にも時間を与える。
このジレンマは、本当に苦しかった。
夜、自宅へ帰っても頭から離れない。
食事をしていても、
シャワーを浴びていても、
「もし今日証拠を隠されたら」
そんなことばかり考えていた。
今思えば、あの頃が一番眠れなかったかもしれない。
このジレンマの中で、何を優先すべきか。
社内の誰もが不正の協力者に見えてくる。
誰を信じ、誰に相談すればいいのか分からなくなる。
それでも逃げるわけにはいかない。
悩んだ末、私は彼を「自主退職へ持ち込むこと」を現実的なゴールとした。
法律事務所と労働協約を読み込み、不正を理由とする即時解雇は難しくても、管理責任を果たせなかったことを理由に降格できる余地があると分かった。
役職や社会的地位への誇りが強い文化の中で、降格は大きな意味を持つ。
また、退職金にも影響する。
制度を正面から適用することが、自主退職につながる可能性が高いと判断した。
そのような中、労働組合との対立も激しさを増していた。
労働組合の上部組織が街宣車を出し、会社周辺で抗議活動を行う場面もあった。
(自分に向けられた、理不尽な拡声器の音を聞くのは、人生で初めてだった)
また、何度も嫌がらせの電話を受けた。
それでも、姿勢は変えなかった。
「不正は許さない」
この一点だけは最後までぶれないようにした。
(正直に言えば、すでに心身ともにボロボロだった)
そして、その日は来た。
彼は最後まで大きな声を荒げることはなかった。
こちらも責め立てることはしなかった。
必要な事実を確認し、会社として取るべき手続きを説明する。
机の上には、私が積み上げた証拠書類が並んでいた。
彼は長い沈黙のあと、自主退職届に静かに署名した。
部屋の中には、ペンが紙を擦る音だけが響いていた。
私はその書類を確認すると、静かに立ち上がった。
そして右手を差し出した。
彼は少し驚いたような表情を見せたが、何も言わずにその手を握り返した。
私は何か言おうと思った。
「今後は頑張れ」
違う。
「家族を大切に」
これも違う。
結局、口から出たのは一言だけだった。
「残念だ」
彼は何も言わなかった。
ただ小さくうなずき、部屋を出ていった。
ドアが静かに閉まる音だけが残った。
私は大きく息を吐いた。
それが安堵だったのか、悔しさだったのか、自分でも分からなかった。
勝った気持ちは、まったくなかった。
ただ、一人の優秀な社員を失った。
そんな寂しさだけが残っていた。
私は椅子に座り直し、しばらく動くことができなかった。
会社は守ることができた。
真面目に働く社員にとっては、これが公平な会社へ向かう第一歩だった。
しかし、その日、その場にいた誰一人として笑顔ではなかった。
この事件以来、私は一つのことを心に決めた。
やはり、人を疑うCFOにはならない。
その代わり、不正が起きない仕組みを作るCFOになろう。
人を信頼することと、仕事を確認することは、決して矛盾しない。
この考え方は、その後10年間、私が海外子会社で経営に携わるうえで、一つの判断の軸となった。
■ この事件から学べること
信頼は美徳である。しかし、会社を守る責任を負う者は、信頼だけで判断してはならない。確認とは、人を疑うことではない。会社を守る責任である。