
―「海外子会社CFOの事件簿」から生まれた30の質問 ―
ここまでの事件簿では、さまざまな不正を取り上げてきました。
手口はそれぞれ違います。
しかし、振り返ってみると、
「ここを確認していれば、もっと早く気づけた」
というポイントがあります。
不正を防ぐために、社員を疑い続ける必要はありません。
大切なのは、人を信頼することと、仕事を確認することを分けて考えることです。
そこで、これまでの事件簿から得た教訓をもとに、30のチェックポイントをまとめました。
難しい内部統制の知識は必要ありません。
ご自身の海外子会社を思い浮かべながら、
「はい」「いいえ」「わからない」
の3つで答えてみてください。
◾️ その前に ―「読めないから確認しない」は、もう理由にならない
インドネシアの現地法人で仕事をしていると、請求書、領収書、契約書、見積書、人事関係の資料など、さまざまな書類がインドネシア語で作成されています。
日本人駐在員の中には、インドネシア語が十分に読めないため、現地社員から、
「この書類は問題ありません」
「これは通常の手続きです」
と説明されると、そのまま承認してしまう人もいるかもしれません。
以前であれば、それもある程度は仕方がなかったと思います。
しかし、今は違います。
スマートフォンで書類を撮影すれば、AIや翻訳ツールを使って、その場でおおよその内容を確認できます。
契約書であれば、気になる条項についてAIに説明させることができます。
複数の見積書を読み込ませて、内容を比較したり、不自然な点がないか確認したりすることもできます。
もちろん、AIを利用する際には、その判断を鵜呑みにせず、会社の情報管理ルールにも注意が必要です。
しかし、
「インドネシア語だから読めない。だから確認しない」
という時代では、もうありません。
すべての書類を細かく読む必要はありません。
「この金額は何だろう」
「なぜこの会社に支払っているのだろう」
「3社の見積書は、本当に別々の会社が作ったものだろうか」
そう感じたときに、まずは自分で確認してみる。
AIは「仕事を楽にする道具」であると同時に、海外子会社の管理者が、自分の目で確かめるための道具にもなり得ます。
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◾️ それでは、30の質問を始めてみましょう。
A.お金は、本当に正しい相手に支払われていますか?〈関連:事件簿 2, 10〉
1.会社のお金を動かす人と、それを承認する人は別ですか?
(一人で「作る・承認する・支払う」までできる状態になっていないか確認します)
2.銀行の支払データと会計データを、ときどき照合していますか?
(帳簿だけでなく、銀行から実際に「誰に、いくら支払われたのか」を確認します)
3.取引先の振込口座が変更されたとき、別の人が確認していますか?
(口座変更は、不正が入り込みやすいポイントの一つです)
4.支払いを承認するとき、請求書だけでなく「何を買ったのか」まで確認していますか?
(書類が揃っていることと、取引が本当にあったことは別です)
B.給与は、本当に社員に支払われていますか?〈関連:事件簿 5〉
5.給与の支払データと人事データを照合し、「その社員が本当に働いているか」まで確認していますか?
(特に遠隔地勤務者など、普段顔が見えない社員については勤務実態まで確認します)
6.退職者への給与支払いが残っていないか確認していますか?
(退職者の一覧と給与データを突き合わせるだけでも確認できます)
7.複数の社員の給与が、同じ銀行口座に振り込まれていないか確認していますか?
(給与振込口座を一覧にすると、不自然な重複が見つかることがあります)
8.給与マスターを変更できる人と、給与を承認する人は別ですか?
(給与担当者一人だけで、社員情報の変更から振込まで完結できる状態になっていないか確認します)
C.仕入先は、本当にその会社ですか?〈関連:事件簿 4, 10〉
9.新しい仕入先を登録するとき、その会社が本当に存在することを確認していますか?
(会社名と銀行口座があるだけでは十分ではありません)
10.新しい仕入先について、「誰の会社なのか」「なぜこの会社から買うのか」を確認していますか?
(会社が忙しい時ほど、新しい仕入先の確認が甘くなりがちです。登記情報、所在地、経営者などを確認します)
11.社員と仕入先の経営者や株主との間に、親族関係や特別な関係がないか確認していますか?
(社員と仕入先との間に、申告されていない人間関係がないか確認します)
12.いつも同じ担当者が、いつも同じ業者から購入していませんか?
(長い付き合いは安心材料である一方、不正を見えにくくすることもあります)
D.「相見積り」が形だけになっていませんか?〈関連:事件簿 4, 10〉
13.相見積りを取る会社を、購買担当者一人だけで選んでいませんか?
14.3社の見積書を、実際に横に並べて見比べたことがありますか?
(住所、電話番号、書式、フォント、言葉遣いなど、不自然な共通点が見つかることがあります。今なら、インドネシア語の見積書でもAIなどを使って内容を比較できます)
15.いつも同じ会社が「一番安い」状態になっていませんか?
(偶然が何度も続くのであれば、一度理由を確認してみる価値があります。書類が3枚揃っているから安心、とは限りません)
E.会社の「モノ」は、最後にどこへ行っていますか?〈関連:事件簿 1, 6, 7, 9〉
16.帳簿上の在庫と、実際の在庫を定期的に照合していますか?
17.棚卸しを、在庫を管理している本人だけに任せていませんか?
(管理している本人が数え、本人が報告するだけでは、チェックにならないことがあります)
18.スクラップや廃棄品が、誰に、いくらで売られているか知っていますか?
(「捨てるものだから」と管理が甘くなったところに、お金が隠れていることがあります)
19.スクラップの重量や数量と、会社に入った売却代金を照合していますか?
(数量だけ、入金だけを見るのではなく、二つを突き合わせることが重要です)
20.社用車などの会社資産について、「いつ、誰が、何のために使ったか」を確認できますか?
(GPSや利用記録など、本人の申告だけに頼らず確認できる情報があると、不正の発見だけでなく抑止にもつながります)
F.経費は「領収書があるからOK」になっていませんか?〈関連:事件簿 8〉
21.経費について、領収書だけでなく「誰と、何のために使ったのか」も確認していますか?
22.同じ領収書や、よく似た金額の経費が繰り返し申請されていないか確認していますか?
(データを一覧にして並べるだけでも、不自然なパターンが見えることがあります)
23.社長や経営幹部の経費も、他の社員と同じようにチェックされていますか?
(役職が上だから確認しない、という例外を作ると、統制は弱くなります)
G.「この人なら大丈夫」になっていませんか?〈関連:事件簿 1, 4〉
24.一人の社員に、同じ重要業務を長期間任せきりにしていませんか?
25.「長年勤めているから」「信頼しているから」という理由で、確認を省略していませんか?
(不正を行った人が、最初から怪しい人だったとは限りません)
26.その人が突然1か月休んでも、別の社員が仕事を引き継げますか?
(「この仕事は○○さんにしか分からない」という状態そのものが、一つのリスクです)
H.「ちょっと変だな」を拾える会社ですか?〈関連:事件簿 2, 6, 9〉
27.数字や書類が合っていても、いつもと違う取引があれば理由を確認しますか?
(不正は、必ずしも計算間違いとして現れるわけではありません)
28.「現地では普通です」と説明されたとき、それだけで納得していませんか?
(本当にそうなのか。今ならAIやインターネットを使って、自分でもある程度確認できます)
29.社員が「何かおかしい」と思ったとき、直属の上司以外にも相談できるルートがありますか?
(上司自身が問題に関係している可能性も考えておく必要があります)
30.経営者や管理者が、ときどき現場に「実際にはどうやっているの?」と聞いていますか?
(規程にどう書いてあるかだけでなく、実際の仕事がどう行われているかを知ることが重要です)
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30問、いかがでしたか?
「はい」の数だけで、会社の安全性が決まるわけではありません。
また、「いいえ」が一つあったからといって、そこで不正が起きているという意味でもありません。
このチェックリストで見つけてほしいのは、
実は、「いいえ」
そして、それ以上に、
「わからない」です。
たとえば、
「給与の支払データと人事データを照合したことがない」
のであれば、一度照合してみる。
「スクラップを誰に、いくらで売っているのかわからない」
のであれば、担当者に聞いてみる。
「相見積りを誰が取っているのかわからない」
のであれば、実際の見積書を3枚並べてみる。
「インドネシア語で書かれていて分からない」
のであれば、社内ルールに注意したうえで、AIや翻訳ツールを活用してみる。
大がかりな監査から始める必要はありません。
一つの「わからない」を、「わかった」に変える。
それだけでも、不正を防ぐための一歩になります。
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もちろん、日本の本社側でチェックリストを作成して海外子会社に配布している企業もあります。
ただ、そうした一般的なチェックリストとは異なり、この30問は、実例としての事件簿から生まれました。
一般的な内部統制の教科書から、30項目を抜き出したものではありません。
「海外子会社CFOの事件簿」で紹介した出来事を振り返り、
あのとき、どこを見れば気づけたのか。
何と何を突き合わせれば、もっと早く分かったのか。
どんな小さな違和感を、見逃してはいけなかったのか。
という視点からまとめたものです。
だから、気になる項目があったら、関連する事件簿をもう一度読んでみてください。
そして、ご自身の会社でも、
「うちは、どうなっている?」
と聞いてみてください。
不正を防ぐために、人を疑い続ける必要はありません。
人を信頼することと、仕事を確認することは両立します。
人は信頼する。でも、仕事は確認する。
それが、私が海外子会社で実際の不正と向き合う中で学んだことです。