
【不正調査と証拠保全】
翌朝、私は総務マネージャーを呼んだ。
もちろん、この時点で彼を問い詰めるつもりはなかった。
相手に警戒されれば、証拠は消える。
私は、何も知らないCFOを演じることにした。
「スクラップの管理方法を教えてください」
彼は即座に答えた。
「きちんと管理しています」
私はもう一度聞いた。
「本当に問題ありませんか?」
彼は少し笑いながら、同じ言葉を繰り返した。
「きちんと管理しています」
その時の彼の様子に、不自然なところはなかった。
いや、正確には、不自然さを隠すのが上手かったと言うべきかもしれない。
私はそれ以上、何も言わなかった。
言葉よりも、証拠が欲しかったからだ。
その週末、会社は休みだった。
私は一人で工場へ向かった。
目的はただ一つ。
CCTVを見るためである。
CCTV室は静かだった。
エアコンの音だけが響いている。
モニターには、何十時間もの録画映像。
スクラップ置き場。
トラック。
フォークリフト。
またトラック。
私は朝から夕方まで、映像を見続けた。
何も起きない。
また巻き戻す。
また見る。
昼食もほとんど食べなかった。
結局、その週末は丸二日間、ひたすら画面を見続けた。
それでも、決定的な証拠が欲しかった。
翌週も時間を見つけてはCCTV室に行き、同じ映像を何度も確認した。
画面の中では、何も起きない時間の方が圧倒的に長い。
不正調査とは、退屈との戦いでもある。
「……あれ?」
思わずマウスを握り直した。
映像を止める。
巻き戻す。
もう一度見る。
高級スクラップが積み込まれる。
手元の伝票を見る。
品種名は、安価なスクラップになっている。
「!」
頭の中で、何かが音を立てて繋がった。
最初は、私の見間違いだと思った。
もう一度見る。
違う。
もう一度巻き戻す。
やはり違う。
さらに別の日を見る。
また同じだった。
これは一度の「ミス」ではない。
「仕組み」になっている。
その瞬間、違和感は完全に確信へ変わった。
後になって思えば、総務マネージャーも、私がここまでやるとは思っていなかったのだろう。
まして、スクラップの品種まで確認するとは、想像していなかったはずだ。
次の日、改めて彼に質問した。
しかし、この日から様子が変わった。
それまで普通に英語で話していた彼が、急に「英語はよく分からない」と言い始めたのである。
「Sorry... I don't understand English.」
(昨日まで普通に英語で話していたじゃないか?!)
英語が分からなくなったのではない。
答え方が分からなくなったのだ。
私は心の中で確信した。
「これは、絶対におかしい」
その頃から、少しずつ社員たちが私のところへ来るようになった。
最初は一通のメッセージだった。
「Yoda-San... 少しお話があります」
次は、仕事が終わった後。
そして、誰もいない会議室。
彼は一度ドアの方へ視線を向け、小さな声で話し始めた。
「実は……この不正は、ずっと前から続いています」
私は黙って聞いていた。
「利益を得ているのは、総務マネージャーと労働組合の幹部だけです」
彼は少し間を置いた。
「私たちは、何ももらっていません」
その言葉を聞いた時、私は少し複雑な気持ちになった。
私はその時、初めて理解した。
人は、正義感だけで内部通報するわけではない。
組織の中にある不公平。
裏切られた気持ち。
「なぜ、あの人たちだけが利益を得るのか」
そんな思いが、人の口を開かせることもある。
しかし、調査を進めるうちに、私はさらに信じられない事実を知ることになる。
スクラップ買取業者から、
「次回は○○のスクラップが欲しい」
と要望が入る。
すると、その要望に応じて製造工程の一部が操作され、希望する種類のスクラップが発生するようにしていたのである。
もはや、発生したスクラップをごまかして売却しているだけではなかった。
欲しいスクラップを、不正のために意図的に発生させていたのである。
製造工程そのものが、不正に利用されていた。
(何ということだ……)
証拠や証言は、少しずつ集まり始めていた。
しかし、ここで新たな問題が生じた。
「時間」である。
証拠が十分に集まるのを待っているわけにはいかなかった。
不正の疑いが生じれば、当然、本社にも報告する。
しかし、本社へ報告したからといって、すぐに本社の不正調査部門が現地へ来てくれるわけではない。
私の経験では、大規模な不正でない限り、まず現地側で証拠を保全し、事実関係を確認することが求められた。
つまり、最初に不正と向き合わなければならないのは、現地の経営者なのである。
もちろん、解雇や訴訟など法的な手続きに進む段階では、本社や専門家との連携、必要な承認が欠かせない。
しかし、本社に現地の状況や緊迫感を正確に理解してもらうことも、決して簡単な仕事ではなかった。
そして、何より厄介なのは、こちらが調査している間も、相手は動いているということだった。
私が証拠を集めている間も、相手は証拠を消す時間を手にしている。
不正対応では、時間もまた敵になる。
そして、その敵は、私が眠っている間も動き続けていた。
<続く>