
【軽油窃盗スキーム】
インドネシアへ赴任して間もない頃、不思議な光景を目にした。
道端で、小瓶に入った液体を売っている人たちがいた。
私はそれが何なのか分からず、運転手に尋ねてみた。
「あれは何を売っているの?」
運転手は、何でもないことのように答えた。
「ガソリンや軽油ですよ」
なぜ、ガソリンスタンドではなく、道端で燃料を買う人がいるのだろう。
不思議には思ったものの、当時は、
「地方ではガソリンスタンドが少ないからだろう」
程度に考え、それ以上深く考えることはなかった。
その後、私は製品配送用トラック約10台の配送効率を改善するため、全車両へGPS管理システムを導入した。
このGPSは、位置情報だけではなく、車両の各種メーター情報まで取得できる高機能なもので、燃料計のデータもリアルタイムで確認できた。
導入から数か月後、配送コストを分析していると、軽油の使用量が想定以上に減少していることに気づいた。
ルート改善による効果だけでは説明できない。
「なぜ、ここまで燃料消費が減ったのだろう」
改善したこと自体は、歓迎すべきことだった。
しかし、理由の分からない改善を、そのまま喜ぶわけにはいかない。
そう思い、関係者への聞き取りを始めたところ、思いもよらない事実が明らかになった。
GPS導入以前、当社のドライバーの一部は、配送途中でトラックを道路脇に停車させ、専用の器具を使ってタンクから少量ずつ軽油を抜き取り、それを道端で販売して副収入を得ていたというのである。
大量に抜き取れば、すぐに発覚してしまう。
だから、一回当たりはごく少量。
しかし、それを毎日のように繰り返せば、かなりの金額になる。
その話を聞いた時、赴任当初に見た「あの道端の小瓶」を思い出した。
あの燃料の中にも、こうして抜き取られたものが混じっていたのかもしれない。
もちろん、道端で売られていた燃料が、すべて盗難品だったと言うつもりはない。
しかし、その一部に、このような不正な流通ルートが存在していたことは間違いなかった。
興味深いのは、私は誰かを捕まえたわけではないということである。
ドライバーを集めて、
「軽油を盗むな」
と注意したわけでもない。
ただ、GPSを導入しただけだった。
それでも、不正は止まった。
「会社は燃料計のデータまで見ているらしい」
そんな話が、ドライバーの間に広がっていたのである。
つまり、GPSが不正を発見したのではない。
「見られている」という意識が、不正を思いとどまらせたのである。
結果として、軽油の使用量が大きく改善した理由は、配送効率の向上だけではなかった。
不正が抑止されたことも、大きな要因だった。
この事件で私は、内部統制について一つの重要なことを実感した。
不正が起きてから見つけるだけが、内部統制ではない。
不正をしようと思った時に、「やめておこう」と思わせる。
それもまた、内部統制なのである。
■ この事件から学べること
最高の内部統制とは、不正を摘発することではない。不正を思いとどまらせることである。