事件簿 1 : 信頼は美徳。しかし、内部統制は必要である 

【スクラップ不正販売スキーム】

インドネシアに赴任して最初に覚えた言葉は、「Selamat pagi(おはようございます)」だった。

会社の中を歩くと、社員たちは笑顔で挨拶をしてくれる。

「Selamat pagi, Yoda-San!」

まだ名前も覚えられていないと思っていた私は、それが少し嬉しかった。

海外赴任は初めてではない。

しかし、新しい国、新しい会社、新しい仲間との生活が始まる時は、何度経験しても少し緊張する。

だから私は、一日でも早く現地社員から信頼されるCFOになろうと思っていた。

できるだけ現場へ足を運ぶ。

工場の中を歩き、社員と話し、食堂で同じご飯を食べる。

拙いインドネシア語でも、積極的に話しかける。

「この人なら相談できる」

そんなCFOになりたかった。

もちろん、その中に会社の資産を盗んでいる人間がいるなどとは、考えたことがなかった。

ところが、赴任して間もないある日、小さな違和感が私の目に留まった。

ほんの小さな数字のズレだった。

普通なら、誰も気に留めない程度の違和感だった。

「スクラップの数量が、どうも合わない」

スクラップ。

鉄を加工する工場では、ごく普通に発生する端材である。

金額も製品に比べれば決して大きくない。

私は最初、

「数え間違いかな」

くらいにしか思わなかった。

ところが、この「ちょっとした違和感」の裏に、

思いもよらない不正が隠れているとは、

この時はまだ知る由もなかった。

「スクラップで不正?」

そう思われる方も多いだろう。

私も最初はそうだった。

しかし、工場で発生するスクラップは、定期的に買取業者へ売却される。

売却額も決して小さくない。

つまり、スクラップは「ゴミ」ではない。

お金なのである。

それが、私がこの事件から最初に学んだことだった。

調査を進めるにつれ、違和感は確信へと変わっていく。

スクラップは種類ごとに買取価格が異なる。

そのため、毎回、総務部門には種類と重量を確認させていた。

ところが、製造部門が把握しているスクラップの発生量と、実際に販売されたスクラップの数量がどうしても一致しないのである。

総務部門に確認すると、

「スクラップが発生するタイミングと販売するタイミングが違うだけです」

という説明だった。

一見もっともらしく聞こえる。

しかし、それが理由なら、1か月ではなく3か月、半年という期間で集計すれば数字は一致するはずである。

ところが、期間を広げても、差は消えなかった。

やはり、何かがおかしい。

私は、スクラップが発生してから買取業者へ渡るまでの流れを、一つずつ確認することにした。

すると、少しずつ不自然な事実が見えてきた。

そして、その先にいたのは――

(嘘だろう!?)

私が、最も信頼していた現地管理職だった。

「まさか、彼が……」

人は、自分が信頼している人ほど疑えない。

これは人間として、ごく自然な感情なのだと思う。

私も、できることなら彼を疑いたくなかった。

しかし、CFOという立場では、「信じたい」という気持ちだけで判断するわけにはいかない。

違和感を覚えた以上、事実を確認しなければならない。

そして、もし本当に不正が行われているのであれば、誰が見ても否定できない証拠が必要だった。

問題は、どうやってそれを確かめるかだった。

そこで、私が目をつけたのが――

工場に設置されていたCCTVだった。

しかし、この時の私はまだ知らなかった。

一本の映像を見つけるために、何時間もCCTVの画面と向き合うことになるとは。

そして、その映像の中に、私が探していた「答え」が映っていることも。

 <続く>

    © All Rights Reserved.