
これは海外で活躍したCFO(財務責任者)の話ではありません。
海外で数多くの失敗をしたCFOの話です。
例えば、
誰よりも信頼していた管理職が、不正の張本人でした…。
会社のお金が、存在しない社員に支払われていました…。
会社の車が、夜になるとタクシーになっていました…。
工場から出るスクラップが、いつの間にか誰かの「商売」になっていました…。
遠隔地の倉庫の社員に会いに行ったら、なぜか軍服姿の男たちが現れました…。
不正調査を始めたら、次の日から会社の総務部門と労働組合が、自分の敵に回りました…。
まだまだ、たくさんあります……。
そんなことが、本当に会社の中で起きました。
そして、不正をしていたのは、見るからに怪しい社員たちではありませんでした。
むしろ、ごく普通の、真面目に見える社員たちでした。
毎朝、普通に挨拶を交わし、一緒に仕事をしていた人たちです。
もし、あなたの会社でも同じことが起きていたら、気づけるでしょうか?
私は、すぐには気づけませんでした。
さて、海外子会社の経営には、簡単には答えの出ない問題がいくつもあります。
なかでも難しいのが、「人を信頼すること」と「会社を守ること」を、どう両立させるかという問題です。
海外子会社の経営において、現地社員との信頼関係はとても重要です。
インドネシアに赴任する日本人経営者・駐在員の多くも、「一緒に働く現地社員が不正などするはずがない」と信じているのではないでしょうか。
それは自然なことであり、組織を動かすためにも欠かせません。
しかし、約10年間、インドネシアにおいて複数の不正案件と向き合ってきた経験から言えば、どれほど真面目に見える職場でも、不正リスクは確実に潜んでいます。
そして、本当に厄介なのは、不正が必ずしも目立つ形で現れないことです。
数字もそれなりに整っている。
業務も一見問題なく回っている。
駐在員も「現地社員にも恵まれた」と感じている。
それはそれで、幸せなことかもしれません。
しかし、その裏で、小さなキックバックや資産の私的利用、架空請求が何年も続いていることもあります。
実際、一度でも本格的な不正調査に踏み出すと、それまで自分が見ていた「会社の景色」が、まったく違うものに変わります。
信頼していた管理職を疑う。
誰に情報を渡してよいのかさえ分からなくなる。
昨日まで一緒に働いていた社員まで、不正に関わっているのではないかと思えてくる。
会社にいるのに、誰にも相談できない。
(もしかして、不正に関与していないのは、自分だけではないのか?)
そんな疑心暗鬼に陥り、突然「深い孤独」を感じることもあります。
それでも、不正を摘発すること自体が目的ではありません。
会社の仕組みを立て直し、真面目に働く社員が正当に評価される職場をつくる。
それが不正調査の目的であり、内部統制(会社を適切に運営する仕組み)が必要な理由でもあります。
私はオーナー経営者でも、日本の本社から現地を視察する内部監査人でもありません。
不正を客観的に外から見るコンサルタントでもありません。
海外子会社の最前線に送り込まれ、そこで起きる問題に真正面から向き合い、判断し、その結果に責任を負うという立場でした。
そして、ここで紹介するのは、不正の手口だけではありません。
一人のCFOが、信頼、疑念、怒り、悲しみ、そして孤独と向き合いながら、「内部統制とは何のためにあるのか」を現場で学んだ記録でもあります。
なかでも、インドネシアで経験した不正やコンプライアンス上の問題は、私の価値観や内部統制に対する考え方を大きく変えました。
正直、それらは、それまで私が日本、米国、香港、シンガポールで経験してきた問題とは、質も深刻さも異なるものでした。
もちろん、私に、不正を見抜く特別な能力があったわけではありません。
では、なぜ不正に気づいたのか。
きっかけは、いつも「なぜだろう?」という小さな違和感でした。
書類をもう一度見る。
数字を突き合わせる。
現場に行く。
人に聞く。
すると、もう一つの違和感が見つかる。
それを追いかけていくと、それまで見えていなかったものが少しずつ姿を現しました。
この「海外子会社CFOの事件簿」で紹介する事件の多くも、そんな小さな違和感から始まっています。
そして、最初の事件も、一見すると何の変哲もないスクラップをめぐる、小さな違和感から始まりました。
「なぜ、数字が合わないのだろう?」
すべては、ここから始まりました。
<事件簿 1 へ続く>
【事例について】
紹介する事例は、実体験をもとにしています。会社名、個人名、一部の時期や状況については、守秘義務および関係者のプライバシー保護のため変更または再構成しています。同じ理由から、本社との具体的なやり取りについても記載していません。