事件簿 4 : 小さなキックバックは組織を静かに腐らせる

【キックバックスキーム】

総務マネージャーが退職した。

「これで終わった」

私はそう思っていた。

しかし、終わっていなかった。

私は、彼が担当していた業務を一つひとつ洗い直すことにした。

すると、別の不正が見つかった。

まず見つかったのは、日本人駐在員の社宅契約だった。

年間賃料が約200万円。そのうち約4割、80万円がキックバックされるケースもあった。

もし大家がこのキックバックを拒否すれば、その物件は「立地が悪い」「設備が古い」など様々な理由を付けられ、日本人駐在員向け物件の候補から外されてしまう。

私は驚いた。

しかし、それだけではなかった。

次に出てきたのが、社用車だった。

金額は社宅ほど大きくはないものの、車両購入時に販売会社から総務部門へキックバックが支払われるケースが存在した。

現地社員の一人は、こう言った。

「これは総務部門の既得権益のようなものです」

その言葉が、妙に印象に残った。

さらに調べると、今度は社員食堂(キャンティーン)だった。

社員食堂業者の選定にあたり、

業者から現金によるキックバックを受け取るだけでなく、総務マネージャーと労働組合幹部は、社員食堂での飲食がすべて無料になるという取り決めまで交わされていた。

これについては、業者選定に影響力を持つ総務マネージャーらが、選定の条件として業者側に求めた可能性が高いと考えている。

金額だけを見れば、社宅のキックバックに比べれば小さなものだった。

しかし、今振り返ると、私はこの「無料」が一番怖いと思っている。

「これくらいならいいだろう」という感覚が、すでに会社の中に生まれていたからである。

実際、この事実は以前から日本人経営陣の耳にも入っていたようである。

しかし、「それくらいなら大したことはない」と考えられ、十分な調査や是正措置は行われなかった。

今振り返れば、この時点で厳正に対処していれば、その後のより大きな不正を防げた可能性もあったのではないかと思う。

社宅。

社用車。

キャンティーン。

一つ見つかる。

また一つ。

さらにまた一つ。

調査を進めるほど、不正が増えていく。

その時、私は初めて気づいた。

問題は、スクラップ不正だけではなかった。

不正を許す文化そのものが、会社の中に広がっていたのである。

調査を続けるうちに、

「もう十分ではないか」

と思う自分もいた。

一つの不正を見つけるたびに、また別の不正が出てくる。

どこまで調べれば終わるのか。

正直、分からなくなっていた。

しかし同時に、

「ここで止めれば、本当に全部終わったと言えるのか」

という思いもあった。

現地社員は言う。

「インドネシアでは普通です」

「どこの会社でもやっています」

赴任したばかりの頃は、私自身にも迷いがあった。

「自分が日本の常識を押し付けようとしているだけなのではないか」

しかし、調査を続けるうちに、その考えは変わっていった。

商習慣と不正は、別問題である。

現地の文化や商習慣は尊重する。

しかし、会社の立場を利用して個人的な利益を得ることまで、「現地では普通」という言葉で済ませるわけにはいかない。

この線引きを、自分自身がまず明確にしなければならなかった。

では、なぜこれほど多くの不正が、一人の管理職の周りで起きていたのか。

振り返ってみると、理由の一つは明らかだった。

不正をすることができる「機会」が、あまりにも多かったのである。

不正には、「不正のトライアングル」と呼ばれる考え方がある。

「不正は、『動機』『機会』『正当化』の三つがそろった時に起こりやすい」というものである。

この事件を振り返ると、彼には三つがそろっていた。

そして、なかでも大きかったのが、「機会」だった。

総務部門は、社宅、社用車、社員食堂など、外部業者との接点が多い。

しかも、その選定や管理に関する大きな権限が、一人の管理職に集中していた。

人の問題だと思っていたものが、実は仕組みの問題でもあったのである。

 

■ この事件から学べること

不正は、事件で終わるとは限らない。放置すれば、文化になる。キックバックは、お金を奪うだけではない。組織の倫理観を静かに壊していく。

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