
【領収書改竄スキーム】
インドネシアでは、多くの企業が福利厚生の一環として、年に一度、社員旅行(Family Gathering)を実施している。
レクリエーションがそれほど多くないインドネシアでは、この社員旅行は、社員にとって一年で最も楽しみなイベントの一つである。
社員だけでなく、その家族まで参加できる会社も多く、会社が全額費用を負担することも珍しくない。
当社でも毎年、大型バスを10台ほど貸し切り、社員とその家族を乗せて、近郊の観光地へ日帰り旅行を実施していた。
そして、この旅行の企画・運営は労働組合が担当していた。
旅行当日、社員やその家族が笑顔で楽しんでいる姿を見ると、
「やって良かった」
と思う。
もちろん、私もその一人だった。
(善意につつまれた生活は、心を豊かにしてくれる)
旅行は無事に終わった。
社員たちは皆、満足そうだった。
「今年も成功でしたね」
そんな声が社内にあふれていた。
しかし、問題が見つかったのは、その後だった。
提出された領収書を確認していると、金額がどうも高いのである。
資料を見ると、
参加人数 × 一人当たり正規料金
という計算式が記載され、その金額どおりの領収書まで添付されていた。
一見すると、何の問題もない。
しかし、私は違和感を抱いた。
これだけの人数で参加すれば、普通は団体割引が適用されるはずではないか。
念のため、旅行会社へ直接確認することにした。
すると、やはり団体割引が適用されていた。
会社に提出された領収書の金額と、旅行会社が実際に受け取った金額が違っていたのである。
領収書は、割引前の金額になるように改竄されていた。
つまり、本来支払うべき金額よりも多く会社へ請求し、その差額を労働組合側が資金としてプールしていたのである。
インドネシアの労働組合は、組織運営や上部組織への上納金などのため、資金を必要とすることが多い。
もちろん、すべての労働組合が不正を行うわけではない。
しかし、資金を必要としている組織に、イベントの企画から精算まで任せてしまえば、不正が入り込む余地が生まれる。
福利厚生イベントも、例外ではなかった。
正直に言えば、この領収書は、あと一歩でそのまま承認してしまうところだった。
社員は喜んでいる。
家族も楽しんでいる。
労働組合も一生懸命に準備してくれている。
そんな前向きな雰囲気の中で、
「本当にこの金額は正しいのか」
と確認することには、少しためらいがある。
しかし、その小さなためらいが、確認を甘くする。
この事件を通じて、私は改めて感じた。
善意ほど、内部統制を弱くすることがある。
人は、悪意には警戒する。
しかし、
「社員のため」
「みんなが喜んでいる」
という状況では、確認の目が甘くなる。
善意そのものが問題なのではない。
善意が、「確認しなくても大丈夫」という安心に変わることが怖いのである。
内部統制とは、人を疑うためのものではない。
善意を悪用できない仕組みを作るためのものなのである。
福利厚生は、社員との信頼関係を築くための大切な制度である。
だからこそ、その善意を悪用する余地を残さないことも、経営陣の重要な責任である。
■ この事件から学べること
善意は信頼を生む。しかし、善意を理由に確認を省いてはいけない。