
【棚卸資産窃盗スキーム】
「製品が一本足りません」
ある顧客向け出荷の準備をしていた時、倉庫担当者からその報告を受けた。
在庫データ上は、確かに存在する。
しかし、現物がない。
「棚卸差異か」
管理体制が甘い会社であれば、棚卸減耗損として処理されていたかもしれない。
しかし私は、理由の分からない棚卸差異を簡単には認めないようにしていた。
在庫が消えたのなら、必ず何か理由がある。
理由を十分に確認せず償却を認めてしまえば、不正まで一緒に消されてしまう可能性がある。
そのため私は、実地棚卸には必ず深く関与し、棚卸差異についても、自分が納得できるまで原因究明を求めていた。
年度末は本決算も重なり、時間との戦いになる。
それでも、この確認だけは絶対に妥協しなかった。
今回も、その違和感は間違っていなかった。
不足していた製品は、鉄のコイルだった。
まず、加工工程後の保管ロケーションを確認した。
異常は見当たらない。
次に、CCTVを確認した。
映像は、すぐに答えを教えてくれた。
ある契約社員が、製品を持ち出している様子が映っていた。
さらに配送トラックのGPSを確認すると、その配送ルートまで追跡することができた。
犯人の特定は、比較的容易だった。
一人は、倉庫部門の契約社員。
そして、もう一人は、新たに採用した配送ドライバーだった。
このドライバーも契約社員で、二人は結託していた。
しかも、この配送ドライバーは、倉庫部門の契約社員の知人であり、その紹介で入社していた。
この紹介が偶然だったのか。
それとも、最初から計画されていたのか。
そこまでは分からなかった。
しかし、結果として二人が結託し、製品を持ち出していたことは事実だった。
配送ドライバーは、正社員のドライバーが長期欠勤となったため、急遽採用した契約社員だった。
人が足りない。
早く補充しなければ、業務が回らない。
そんな時ほど、採用時の確認は甘くなりやすい。
しかし、人手不足を埋めるための一時的な採用だからこそ、通常以上に採用経緯や人間関係、仕事の役割分担を確認する必要がある。
この事件で、私はそのことを痛感した。
そして、もう一つ。
在庫の数字が合わないのには、必ず理由がある。
「棚卸差異」という言葉で処理してしまえば、その理由は見えなくなる。
数字を合わせることが、棚卸の目的ではない。
なぜ数字が合わないのかを確認することが重要なのである。
だからこそ、経営陣は在庫という「数字」だけを管理していてはいけない。
その数字を作っている「人」と「業務プロセス」まで見なければ、不正を防ぐことはできないのである。
■ この事件から学べること
在庫は嘘をつかない。嘘をつくのは人である。だから、管理すべきは在庫だけではない。人と業務プロセスである。